乳がん 手術 入院編

H30 6/4 左乳房切除とリンパ郭清のため、東京にあるE病院に行ってきました。

遠方の方は14時入院でいいらしく、名古屋駅まで夫に車で送ってもらい、11時22分の新幹線に乗って出発。

電車とバスを乗り継ぎE病院に丁度14時到着。

わたしの他にもあと3名ほど、恐らく乳腺外科で入院される患者さんがみえました。

受付を済ませ、まもなく病棟看護師が迎えに来て入院病棟へ。

わたしの部屋は3人部屋。

本当は個室が良かったのですが、なんせ医療費の他に交通費がかかるので、あらかじめ大部屋を希望。まぁ、この選択が後ほど後悔するハメになるのですが、、。

3人部屋でしたが、既に一人入院されている方(Aさん 多分70歳代)がいて、入院一日目はわたしを含め2名で過ごしました。

こちらの病院は建物が古く、ガチャガチャ、ゴチャゴチャしています(失礼)

荷物の片付けをしていたら、ロッカーがない事に気付きました。看護師に聞いてみると、

(ロッカー)ないんですぅとの事。

2泊3日の入院のため、そんなに荷物ないからいいんですけどね。キャリーで来て良かったです。あと、掃除が行き届いていない(失礼)

アルコール拭きの掃除用ペーパー持ってきて良かった。

埃がちらほらありましたので、フキフキしときました。

パジャマに着替え、看護師から一通り説明を受けました。

オペ時間を聞いたら9時30分からとの事。手術時間は1時間45分の予定。出棟は8時55分。

夫に8時30分ごろに病棟に来てと伝えたら名古屋からそんな早い新幹線はないらしく、間に合わないと。じゃあ、オペが終わるごろに来てくれる?と伝えました。

本当はオペ室入る前に会いたかったですけどね。仕方ない…。

看護師からの説明も終え、やる事ないので、テレビカードでも買ってテレビ見ようと思いましたが、看護師の説明通り廊下を進んでもどこにテレビカードが売ってるのか分からない!本当にゴチャゴチャ(失礼)した病院で、ウロウロ散策しても分からないので、テレビカード買うのも諦め、スマホ見ていました。しかし、、、

ここの部屋は、ものすごく廊下からの音や声が丸聞こえ。全く落ち着いて休めません。しかも、ねっ転がると天井しか見えない患者からすると、ものすごく照明の蛍光灯が眩しい。

うぅ、古い建物、設備、いかがなものか、、。

まぁ、この時は眩しくても横向きできますので何とか過ごしましたが、本当に音や声がうるさい。ここの病棟は看護師2人でペアを組み、患者さんを受け持っているみたいですが、指導者と指導される側との会話も丸聞こえ。〇〇って分かってる??とか、20何人の患者がいて2人の事しか把握してないの??とか。いろいろ聞こえてきて、、。うたた寝してても、その注意話がもろに聞こえてくるから、目が覚めて全く休めない。

指導するなら、詰所(ナースステーション)でやってくれって、感じでした。

この2人チーム制のやり方は良くないのでは?と疑問。一人が患者のお世話をし、もう一人がその場で電子カルテに記入している。

あと、そのほかの騒音としては配膳車の音、他のスタッフの声や私語、笑い声。今流行りのUSAコール。意味不明。

明日手術を控え話相手もいない自分。

何でわたしはここに(東京の病院)いるの?と何度も思った。

夕食も大して美味しくなく(失礼)半分残し、持ってきたお菓子を食べた。明日は丸一日絶食ですから。夜になり看護師交代。確かそこで手術の時間が間違って伝えてしまったと、訂正にきた。前の人が終わり次第だけど、わたしは1番手から2番手になり、10時30〜11時くらいに出棟らしい。まぁ、夫も丁度その頃に到着する予定だったからそっちの方が良かったです、と伝えた。

夜になっても騒がしく、早く消灯してくれ〜と願った。21時が消灯らしいが、全然蛍光灯は消えない。自分で消したろかと思ったけど、スイッチがどこにあるのか分からない。普段睡眠薬は飲まずに爆睡できるが、今回の入院に備えて、マイスリーを2錠持参していた。入院の際看護師に預けたままで、眠れなかったら言って下さいと言われていた。

やはり、寝れそうにないから下さいと言ってマイスリー1錠飲んだ。スマホを見ていたら、1時間ほどして、ぼーっと軽く眠気が来た。

よし、寝よ!っと思いそこからやっと寝れた。

思い出しながら書いてますが、入院編はこんな感じでした。

10月24日は文鳥の日

手(10)に(2)幸せ(4)のゴロ合わせで

10月24日は文鳥の日です。

文鳥を飼っている人はそう多くはないと思いますが、慣れた文鳥は手や指に乗ってきてくれます。とても、愛くるしい文鳥さん♪

以前は鳥とか全く興味なかったのですが、文鳥を飼い始めてからは、夫よりも文鳥を大切にする自分がいます。

文鳥を飼ってから、夫婦揃っての泊まりでの旅行も行かなくなりました。この子達を置いてまで、自分が楽しみたいとは思えないのです。

なので実家に帰省する時も、夫を残しわたし一人で帰ったり、日帰りで行ける所は日帰りで帰ってきます。

そんな、溺愛ぶりの毎日ですが、今日は良い事がありました。乳がんのオペ後、薬物療法をどこの病院で受けようか本当に悩んでいて今後が心配でした。

オペした病院で、薬物療法をした方がいいと複数の医師から言われ、自分もそうだなと思っていましたが、東京まで通うのが大変で、本当は地元の名古屋で薬物治療はしたかった。むしろ、自分でオペを断って東京の病院に紹介状も書いてもらった大学病院が、乳腺では力もあり、トモセラピーも完備してあり、後に知った情報では腕も悪くはないとの事だった。なんのために、東京まで行ってオペをするのか段々分からなくなってきた。

仕事の昼休みに、もう行かないと決めていた大学病院の代表に電話を掛け、たまたま今日が教授の外来の日で、本当は大学病院などはその日の受付は午前中で終わりだが、無理を言ってその日の夕方最後に受診の予約がとれた。これも奇跡。

夕方日も暮れ、最後に呼ばれて教授に相談した。やはり東京の病院でなく、ここの大学病院でオぺから薬物療法を、やって行きたいと申し出た。最短でオペはいつになるのか聞いたら、来年の1月上旬とのこと。

術前化学療法の手もあるが、わたしは早くオペをしたかった。あまり長く時間を開けると良くないと思っていたので、不本意かもしれないが、思い切って聞いてみた。

オペは東京でして、術後の薬物療法をここでお願いしたいと。教授は嫌な顔一つもせずに、笑顔で了承してくださった。

わたしは安堵して涙が出た。

断られたり、嫌な顔されたり、引き受けてくれるとしても渋々だったら嫌だなぁと思っていたけど、教授は初めから優しく話しを聞いてくれた。ここだったら、安心して長い治療も受けれる気がした。

帰り道、満月が綺麗で今日が文鳥の日だった事を思い出した。きっと、今日のラッキーだった出来事は文鳥の恩返しなんじゃないのかぁと。

 

 

 

 

 

乳がん 手術まで あと2週間

いよいよ、近づいて来ました。

ここ最近、よく泣きます。

一日一回は泣いてます。

まだオペも、薬物療法もしていないので自分が乳がん患者とは実感が湧かないのですが、あと2週間で左乳房が無くなります。

もともと貧乳で無いに等しいですが、やはり無くなるのは悲しい。

リンパ節転移しているので、同時再建も無理ですし、数年後再発などがないなら、再建したいと思います。

今日は、いつもより腋のリンパ節の鈍痛があります。ヒリヒリしたり、ズーンとした鈍痛のような痛み。

わたしはレベル1に一つ大きな転移が画像上認められています。

大きさも2センチ大。

自分でも、腋を触るとしこりが分かります。

左乳房のしこりも、以前より少し大きくはっきりしてきています。

早くオペしたいような、本当はしたくないような心境。

自分が乳がんになったことを、親にも兄姉にも言っていません。身内で知っているのは夫だけです。

オペが終わったら、兄姉には言おうと思います。親に言うのが一番心配かけるので辛い。

わたしには子供はいませんので、長生きする理由はありませんが、親と、飼っている文鳥2羽より先には死にたくないです。先に天国に行った文鳥のモナちゃんに誓ったから。ちゃんと最後まで、面倒みるって。

なので、あと10年は最低生きたい。

これから、長い治療が始まります。

きっとくじけそうになる事も、たくさんあると思います。

でも、乗り越えて行くしかないのですよね。

時間が巻き戻せたらなぁと思います。

 

 

東京のE病院に行って来ました。

先日、大学病院にMRIの結果を聞きがてら、自分は東京のE病院でオペをしたい旨を再度話して来ました。また、反対されるかと思いきや、割とあっさり、わたしがいいと思うところでやればいいっと優しげ?に教授は言って下さいました。しかし、オペだけではなく薬物療法においてもオペした病院でやって行く方が良いとも言われ、なんとなく、見放されたような?気にもなりましたが、この件に関しては納得もできる部分でしたので、そうしますと返事をしました。

そして10/11、東京のE病院に初診で受診して来ました。場所がやや不便なところであり、たまたまこの日は旦那も仕事が休みだった為一緒に付いて来てくれました。

予約の時間より約1時間後に呼ばれ、診察。

持参して来た画像を見てT医師はおっしゃいました。

まず、CTの読影結果のコメントではリンパ節転移偽陽性と書いてあるが、T医師は画像みるなり、これは大きいのでリンパ節転移している。大学では言われなかった?

いや〜はっきりとは…。転移してなければ、ラッキーだねって事くらいしか…。

MRIの画像も、先生曰く小さい散らばりがあると。大学ではそんな事は言われていなかった。

温存できるかもと、わたしの期待とは裏腹にその言葉を聞いたわたしは、術式は全摘だわっと思いました。

その後、エコーをやって下さり、リンパ節転移はおそらく一つ。レベル1に大きな転移一個あり。

転移はレベル2以上までは行っていない、との事。

術中センチネル生検不要、レベル2まで郭清します、と話された。

いや〜、大学の先生とは違って画像診断だけで、ぱぱぱーっとはっきり言って下さいましたが、正直、ガーン…。リンパ節転移あり、乳房温存適応のレベルではないって事にその時はっきり分かりました。

 

名古屋から東京まで、新幹線と地下鉄諸々で片道3時間。

帰りは18時くらいでしたがすっかり暗く、最寄りの駅までのシャトルバスも時間的になく、旦那と約15分歩いて帰りました。

一人で来なくて良かった。帰りは診断の結果が頭をぐるぐる巡り、慣れない土地と人の多さで

心細い思いでした。

正直、疲れました。名古屋から東京まで往復6時間。オペはいいとして、術後、抗HER2療法をここまで通えるのかと言う不安。

T医師に初めて会って、安心できたかといったらよく分かりません。

わたしは夕方最後から2番目の患者でした。

先生もお疲れだったでしょうが、先生との相性は果たして?

もう少し、安心できたら良かったなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

ルミナルB HER2陽性タイプでした。

H30 9/26 術前 針生検の詳しい結果を聞いてきました。

診察の順番を待つ間、実はこの結果説明が一番ドキドキしていました。

自分のサブタイプは何なのか、また、その結果で治療方針もだいたい決まると思っていたからです。(正確には術後の病理結果ですけどね)

ルミナルAだといいな〜なんて思っていました。

約30分ほど待たされ、順番が来ました。

医師(教授)からの説明です。

病理の結果報告書を見せられ、

エストロゲン レセプター 陽性

プロゲステロン レセプター 陰性

HER2 3   でした。

わたしは、HER2の事をよく分かっていなかったので、医師がハーセプチンについて説明して下さりました。+抗がん剤の事も。

内心、あーやっぱり抗がん剤やるんか〜とがっかり。

HER2 3 だと増殖スピードが早いため、ここ2〜3年の間に腫瘍はできたんじゃないかとおっしゃられました。

そうか、、、と納得し、一通り病理の説明が終わってから切り出しました。

「わたしはオペは東京の〇〇病院でやりたいです」そしたら教授「〇〇病院なんて知らない、聞いた事ない」「ネットで調べた」と話すと「ネット⁇ネットなんていくらでもウソ書けるし、自分の家族だったら絶対勧めません!絶対辞めた方がいい」と。

そこまで、否定されても…。

教授の言っている事も分かるが、ネット情報でそこまでウソは書けないと思う内容を〇〇病院は載せています。

とりあえず、教授もネットを見てみますという事で話しは終わり。

そして次回MRIを撮り、その説明が10/5にあります。

帰宅後、HER2についてと、〇〇病院のネット情報を見て数日間悩みましたが、わたしの決心は変わりません。

もう一度教授に〇〇病院でオペをやりたいと話しして来ます。

しかし、セカンドオピニオンとかネットとか今じゃ当たり前の世の中なのに、患者の意向を完全に否定する医師もいるんですね。

 

 

 

 

髄膜腫 術後2年が経ちました。

今日で右傍矢状髄膜腫の手術から2年が経ちました。

幸い、半年おきに撮っているMRIでは異常みられません。

わたしの髄膜腫は良性のものでグレード1だそうです。

腫瘍が少しでも取り残しがあると、良性の腫瘍でも再発します。再発すると、またオペになると思います。

開頭した際に、一部カミソリで髪の毛を剃られましたが、2年経ってやっとその毛がボブくらいの長さになってきました。

雑に剃られたので、毛先がうねうねでチリチリしていますが、それでも大事な毛。

もし乳がんの術後、抗がん剤が必要になる時は脱毛は覚悟しておかねばなりません。

抗がん剤も無事に終わり、髪の毛のクセがどう変わるのかな?とも思います。

今は、無駄な心配かもしれませんが、脱毛っていやですね。

大きな頭の傷跡見たくないなー。

 

大学病院受診 初診 乳癌編 内容について

この前の続きです。

初診時の大事な内容を忘れないうちに書き留めておきましょう。

 

初診の日は、まず乳腺エコー室に呼ばれて、若手の男性医師から、エコーをしていただきました。あまり、患者(わたし)と目を合わせないで話すのが印象的でしたが、口調も物腰も柔らかそうな感じの医師でした。

この時、左乳房の針生検をしてから違和感や、つっぱり感、鈍痛があることを伝えると同時に針生検をして、しこりの針穴から癌細胞が広がらないのか訪ねてみました。

その医師曰く、そのような事はないそうです。

エビデンスを元に話してくれた訳ではありませんが、聞いた事もないと笑っておっしゃいました。

わずかでもあるって言ったら、患者に不安を与えてしまいますから…言わないでしょうね。

なので、ないという事を信じましょう。

針生検後の鈍痛や違和感などは、針が細い神経にあたったからかもしれないと言われました。

ふーん、なるほどね…。

そして、紹介された病院からエコーをしてもらった際、左脇のリンパの形はいいが、サイズが大きいと指摘されたので、エコーで詳しく診てもらいました。

確かに形はいいが標準より大きいそうで、その場で細胞診をやってもらいました。

(医師は腫れていると言う表現は使わないのですよね。大きいと言われるんだけど、どう違うのかな?)

細胞診では、脇に22ゲージの針を刺すので痛むのを覚悟していましたが、全然痛くありませんでした。むしろ、余裕ですと発言。

痛みに強いんだね、と医師。

先生の、腕がいいんですよっと言うわたし。

通常、リンパの大きさは5ミリくらい。

元々異常がなくても大きい人でも1センチくらい。

わたしのは2センチだそうです。わたしは体型が痩せ型のためか左脇を触ると奥深いところに何かが触れます。

たぶん、これがリンパなんだと思いますが。

細胞診の結果、悪くない事を祈ります。

エコーが終盤に差し掛かかり、その医師にこの後、何かするんですか?と訪ねる。

んー、それじゃあ、単純造影CTをやっていいか上の者に聞いてみます、と医師。

大学病院のため、教授の許可がいるらしい。

教授、CTの許可下さる。

しかし、少し待ってもらわなきゃいけない事と、教授の診察もこの日受けてもらう事になると。

まぁ、時間ありますので大丈夫ですと答えた。

CTの前に教授の診察があるらしいが、その間採血に行って来てといわれ、その医師とはこれでお別れ。

採血内容は、オペに向けての感染症の有無と凝固系。あと、普通の生化学、CBCなど。腫瘍マーカーは取ってないと思われる。

もしここの病院で、オペする場合は2ヶ月先と言われた。オペ日も決まってないのに、もう採血するのか〜と思い採血はあっという間に終了。

ひたすら教授の診察を待ち、呼ばれたのが14時過ぎ。たぶん、わたしが最後の患者。

教授の口コミなど診ても、評判は良いとあったため初対面なのでやや緊張。

呼ばれて中へ入り、軽く挨拶。

早速、本日2回目の触診とエコーをやって頂く。早々に終わり、わたしが服を整えている間、教授は一生懸命、手を洗っていた。

そんなに?洗う?ってくらい。

まぁ、医療現場では手洗い必須ですけどね。

ちょっと、洗い過ぎでは??

じぁ、この後CTを撮りましょうと言われ、教授から検査室へ直接オーダー。

あと、次回受診日と10月上旬にMRIの予約を入れて下さる。

CTまでちょっと待って頂くことになります、と言われ教授の診察終了。

実は、(長い長い待ち時間の中、ネットを検索し考えた結果)オペは東京の病院でしたいと思っている。その後の治療はこちらの病院でお願いしたいと言えなかった、わたし。

次の受診の時、言おう。 

教授への印象だが、たぶん患者が多く、お疲れ状態だっため、早く終わらせたいという印象があった。後、手洗いが丁寧。たぶん神経質。←あくまでもわたしの感想です。

15時半ごろCTの順番がきた。

造影剤を入れる時って、血液の流れとともに造影剤が全身を巡るのが分かるんだけど、、なぜかあそこ(陰部)が一番熱くなる。カッーって、

…なりませんか?

お会計を済ませ、やっと終わった初診&検査。

16時過ぎに解放。

そしてこの後、駐禁貼られてしまう。